ストップロスを決めていても、損失は受け入れられない

「正しくありたい」と「収入を生み出したい」のずれ
R.John 2026.11.06
サポートメンバー限定

「ここで切ったら、また戻るかもしれない」

たとえば、あるトレーダーが、エントリーする前にストップロスの位置も許容する損失額も決めた。ストップ注文も置いた。ところが、価格がその位置に近づいてくると落ち着かなくなる。チャートを見直すと、もう少し下にサポートがあるように見えてくる。そこで、ストップ注文を少しだけ遠くへ動かす。あるいは注文を取り消して、もう少し様子を見る。反対に、ストップ注文に掛かるのが怖くなって、その手前で慌てて決済してしまうトレーダーもいる。

前回のSession 6では、エントリー前の分析が「安心探し」に変わる問題を扱った。分析を終える条件を先に決めておけば、注文の直前に判断基準を作り直すことは減らせる。ただ、条件どおりにエントリーできたとしても、次の関門が残っている。予定していた損失を、実際に確定させる場面だ。今回はそこを考えたい。

ストップ注文を置くことと、損失を受け入れることは違う

『ゾーン 最終章』(原題:The Complete Trader)で、マーク・ダグラスは、損失のリスクを本当に受け入れているかどうかを簡単に見分ける方法を挙げている。損失のリスクは常にあると思っているトレーダーは、仕掛ける前に許容できるリスクを決める。そして、トレードがうまくいっていないと分かっても驚かない。ストップ注文を外したり、遠ざけたりする考えも浮かばない。

一方で、分析によって負けないトレードを選べると思っている人は、ストップ注文を置いたとしても、それを手順の一つとしてこなしているだけだという。本当に掛かるとは思っていない。だから、価格が近づくと注文を置き直すか、外してしまう。

前作『ゾーン』(原題:Trading in the Zone)にも、同じ問題を抱えた人物が出てくる。この業界に30年近くいるボブだ。ボブはストップ注文を置いていた。それでも、リスクを受け入れてはいなかった。ストップ注文を置くという行動は外からも見えるし、本人も「自分は規律を守っている」と思える。だからこそ、受け入れていないことに本人が気づきにくい。

ここで分けておきたいのは、三つの段階だ。ストップロスの位置を決めること。ストップ注文を実際に置くこと。そして、価格がそこに届いたときに、その損失が確定するのをそのまま受け取ること。最初の二つは、エントリーする前の落ち着いた時間にできる。三つ目だけは、お金が減っていく最中に起きる。ストップ注文を置いたことで安心してしまうと、三つ目の段階がまだ残っていることに気づきにくい。ストップ注文を入れただけでは、リスクを受け入れたことにはならない。

決めたのに、なぜ抵抗してしまうのか

ストップロスの位置を決めた本人は、決して不真面目なトレーダーではない。むしろ、ルールを作って守ろうとしている人ほど、この問題に悩む。「位置も金額も決めてあるのに、なぜできないのか」と自分を責めることもある。

ただ、決めることと受け入れることは、別の作業だ。エントリー前に決めたのは、損失が出る「可能性」についてだった。ストップ注文の手前で向き合っているのは、その損失が「今、確定する」という現実だ。頭の中で可能性として扱えていたものが、目の前の数字に変わったとき、別の考えが動き始める。

そのとき浮かんでくるのは、たいてい感情の言葉ではなく、もっともらしい理由の形をしている。「すぐ下にサポートがある」「この程度の逆行はよくある」「さっきもここで反発した」。理由として聞こえるからこそ、それが本当に相場を見直した結果なのか、損失を確定させたくない気持ちから来ているのか、自分では区別しにくい。Session 1の事前検死で、自分が使いそうな言い訳を先に書き出しておくと勧めたのは、この区別をその場でしなくて済むようにするためだ。

『ゾーン 最終章』には、トレードでよく起きる誤りの例がいくつも並んでいる。ストップ注文を置いたのに、掛かる直前に取り消す。掛かりそうになるたびに少しずつ遠ざける。ダグラスはこれを、時間をかけて少しずつ傷を負わせていく古代中国の刑にたとえている。あるいは、どうせ掛かると思い込んで手前で決済したら、価格は当初のストップロスに届かずに思惑どおりに動いた、という例もある。どれも、ストップロスの位置を決めていなかったから起きたわけではない。決めてあったのに、その場で別の行動を選んでいる。

では、ストップロスの手前で浮かんだ理由を、どう扱えばいいのだろうか。ここからは、ストップ注文に掛かった経験が「次は外そう」という判断に変わっていく過程を確認する。さらに、ダグラスが投げかけた一つの問いを手がかりにして、ストップロスを動かしてよい場合と、そうでない場合の境目を考えていく。最後に、ストップロスを執行できたかどうかを、結果と分けて記録する方法を紹介する。

ストップロスに掛かった経験が、ストップ注文を外す理由に変わる

『ゾーン 最終章』の中で、ダグラスは、自分の分析が正しくあってほしいという気持ちがトレードに与える害を説明している。その一つが、次のような流れだ。

あるトレーダーは、専門家のアドバイスに従って、ストップ注文を置くことにした。ところが、ストップ注文に掛かって損失を確定させた直後に、価格が反転して、もともと狙っていた方向へ動いていく。このトレーダーは、損をしたうえに、自分の分析は正しかったという悔しさまで味わう。その悔しさを一度味わうと、次に同じ場面が来たとき、価格がストップ注文に近づいた時点で注文を外してしまう。

ダグラスは、このトレーダーのストップ注文の位置が、資産の何パーセントかで適当に決められていた可能性にも触れている。本来、ストップロスの位置は「相場がどこまで逆行したら、自分の優位性が働いていないと判断するか」で決めるものだ。金額だけで決めた位置なら、掛かったあとに反転することがあっても不思議ではない。それでも、このトレーダーが学ぶのは位置の決め方ではなく、「ストップ注文は置かない方がいい」という結論になってしまう。

同じ説明の中で、ダグラスはもう一つの流れも挙げている。ストップロスの位置を決めようとしている最中に、自分の分析と合わない情報を見つけて、トレードそのものを見送る。そのあとで、見送ったトレードが利益になっていたと知る。多くのトレーダーにとって、利益の機会を逃したときのつらさは、含み損を抱えたときよりも大きいという。ストップ注文を置いても、置く前にやめても、「正しかったのに」という思いだけが残る。

Session 3で、ラインのすぐ外側にストップ注文が集まりやすいという話をした。この話を「どうせ狩られるなら、ストップ注文は置かない方がいい」と受け取ってしまうと、まさにこの流れに入ってしまう。Session 3が勧めたのはストップ注文を外すことではなく、立ち回り方を変えることだった。

厄介なのは、注文を取り消したあとで価格が戻ってくる場面が、実際にあることだ。そうなると、そのトレーダーは「取り消して正解だった」と学習してしまう。ストップ注文を取り消して運よく助かった経験が、次の取り消しを後押ししてしまう。ダグラスも、ストップ注文を外して勝ったとしても、それは苦痛を受けるのを先延ばしにしただけだと書いている。そして、価格が戻らなかったときには、ストップ注文を置いていた場合よりもはるかに大きな損失が残る。

正しくありたいのか、収入を生み出したいのか

この流れの説明のあとで、ダグラスは読者に一つの問いを投げかけている。

私は正しくありたいのか、それとも当てにできる収入を着実に生み出していきたいのか?

ストップ注文に掛かった直後に価格が反転すると、「自分の分析は正しかった」という思いが強く残る。次のトレードでストップ注文を外したくなるのは、その「正しかった」をもう一度手放したくないからだ。ところが、一回ごとに正しくあることと、一連のトレードで収入を生み出していくことは、同じ目標ではない。Session 2で、負けは優位性の中に最初から組み込まれた構成要素だと書いた。ストップロスは、優位性があると考えた場面に参加し続けるための費用であって、今回の分析が間違いだったという判定ではない。

私はこれまで、「ストップロスを執行できないのは、間違いを認められないからだ」という説明は大ざっぱすぎると発信してきた。ストップロスの手前で人を止めているのは、過去の判断へのこだわりだけではない。「このまま戻ってほしい」という期待がまだ残っていて、戻ったときに切っていたら損だと感じることも大きい。そう考えると、ストップロスを執行することは、自分の間違いを認める作業というより、期待と現実の値動きのずれに向き合い直す作業に近い。

損失を確定させたくないのは、多くの人に見られる傾向だ

損失を確定させることへの抵抗は、一部の人だけの問題ではない。1985年のShefrinとStatmanの論文は、投資家が利益の出ている銘柄を早く売り、損失の出ている銘柄を長く持ち続ける傾向を「disposition effect(気質効果。処分効果とも訳される)」と呼んで論じた。1998年のOdeanの論文では、米国の証券会社の1万口座について、1987年から1993年までの売買記録が分析されている。その結果、投資家は損失よりも利益を確定させやすく、売った利益銘柄の方が、その後も持ち続けた損失銘柄より良い成績だった。

この傾向を説明する理論の一つとしてよく挙げられるのが、1979年のKahnemanとTverskyの論文で示されたプロスペクト理論だ。人は、同じ金額でも利益より損失の方を大きく感じやすく、損失を抱えた状況ではリスクを取る方向に傾きやすいとされている。

これらは株式の個人投資家や、実験での選択を調べた研究で、ストップ注文を使う短期のトレードを直接調べたものではない。それでも、損失を確定させる場面で判断が偏りやすいという点は、ストップロスの手前で起きていることを考えるうえで参考になる。決めたはずのストップロスに抵抗してしまうのは、その人だけが特別に弱いからではない。

ストップロスを遠ざけることは、すべて誤りなのか

ここで、一つ補足しておきたい。ダグラスは、ストップ注文を動かすこと自体を常に誤りだとしているわけではない。その場で相場を評価し直す裁量トレードについて説明した部分で、彼はこう書いている。トレード中の値動きから、ストップ注文が仕掛け値に近すぎると判断して少し遠ざけることは、確率に基づく考えに従って、状況を客観的に評価し直した結果なら、誤りではない。ただし、そうしたからといって結果が良くなる保証はない、とも書いている。さらに、そうした判断を安定して行うには、高い自己観察の技術が必要だとしている。

たとえば、二人のトレーダーが同じ場面でストップ注文を少し遠ざけたとしよう。これは説明のための例だ。一人目のトレーダーは、エントリー前のプランに「重要な指標の発表で値幅が広がる時間帯は、ストップロスに一定分のゆとりを持たせる」と書いてあり、その条件が満たされたので調整した。ところが、その条件を上回る値動きになってストップ注文に掛かり、損失を確定した。調整したものの、その回は負けトレードになった。

一方で、二人目のトレーダーは、エントリー前のプランには何も書いていない。価格がストップロスに近づいて、損失が確定するのが嫌になったので、理由を探して遠ざけた。その判断は、相場を評価し直した結果ではない。その回は、運よく価格が戻って利益になった。行動としては同じ「ストップ注文を遠ざけた」だが、一人目はプランに従って動いている。もう一人は、ストップロスを執行するのが怖いために、別の判断に置き換えてしまった。

つまり、問題は動かしたかどうかではなく、何に基づいて動かしたかだ。状況を評価し直して動かしたのか。それとも、損失が確定するのが怖くて、そのための理由を後から探したのか。外から見れば同じ行動でも、中身はまったく違う。そして、損失を受け入れられていないトレーダーほど、後者を前者だと思い込みやすい。

この記事はサポートメンバー限定です

続きは、1993文字あります。

下記からメールアドレスを入力し、サポートメンバー登録することで読むことができます

登録する

すでに登録された方はこちら

サポートメンバー限定
根拠を集めるほど、エントリーの判断はぶれる――分析が「安心探し」に変わ...
サポートメンバー限定
相場への期待が、判断を変える瞬間――ポジションを持つと何が変わるのか
サポートメンバー限定
「当たった」が、なぜ「分かった」に化けるのか――分析の幻想と自己帰属
サポートメンバー限定
チャートにお絵描きして自滅する人の末路――「流動性」が暴く相場の物理法...
サポートメンバー限定
大数の法則という幻想――非エルゴード性の罠
サポートメンバー限定
「ゾーンを読めば勝てる」という大嘘
サポートメンバー限定
チャートを開き続けると待てなくなる
サポートメンバー限定
『ゾーン』の誤読・限界・実務との差 XI