『ゾーン』の誤読・限界・実務との差 XI
前回のおさらい
心理と手法の関係は「螺旋」ではなく「入れ子」だった。演習でルールに触れることは心理側の学習に含まれ、判別基準は成功判定の向きで、ルール遵守を数えるか、勝敗を数えるか。そして理解は実行を保証しない。
最終回は、まず方法の話をする。10回のあいだ何をやっていたのか、その手順を取り出す。そのうえで結論をもう一度置き、明日からの手順に落とす。
この講義が、実は一貫してやっていたこと
10回を振り返ると、この講義は常に三つの異なる問いを扱ってきた。しかも、それらを混ぜないように、意識的に順序を守ってきた。
一つ目が記述の問い。この本は何を前提とし、何を主張しているか。第1回から第5回までがこれにあたる。
二つ目が批判の問い。その主張は、どこまで正確か。第6回と第7回である。
三つ目が実務の問い。では、現実の学習者はどうすべきか。第8回から第10回がここを扱った。
この分離には、明確な理由がある。
なぜ分けなければならないのか
第3回の冒頭で、噛み合わない対話を一つ出した。「この本はエッジがある前提だ」「いや、心理ができていない人間がエッジなんて持てるわけがない」というものである。
あのときの原因は、言葉だった。二人が「エッジを持つ」で別の水準を指していた。だから言葉を三段階に分けて、意味をはっきりさせた。
ところが、言葉を揃えても噛み合わない場合がある。量産型負け組トレーダーたちが、よくこう言う。
「この本は、定義済みのルールがあって、勝敗比率の見当までついている読者を前提に書かれている。だったら話は簡単だ。その見当の通りに、黙って回し続ければいい。心理も思考も要らない」
一見、筋が通っているように見える。
結論から書く。浅い。